史跡巡り・ウオークラリー・登山

袋野隧道探検会⑥

1664年、五庄屋の活躍により、大石堰・長野水道が開通した。 その事により、吉井地区の荒地が農地へと、変わっていったわけである。 その8年後に、五庄屋のTOPでもあった、田代重栄(たしろしげよし)が、 このプロジェクトを開始したわけである。 田…

袋野隧道探検会⑤

通常は、満水状態である隧道は、老朽化によりコンクリートで、 補強されている箇所も多い。 又、前日に実行委員会の方々が、水抜きし清掃されるさいには、 川魚もたくさん捕まえられるようだ。 写真は、補強箇所と、1670年当時に削られた、つるはし・の…

袋野隧道探検会④

問注所政連(もんううじょまさつら)が慶長3年1598年に、 長岩城を開城してから74年の後、この偉業が成し遂げられた。 1672年以前、うきはの上流地域の人々は、 筑後川の豊富な水があるにもかかわらず、その恩恵を受けられてはいなかった。 それを…

袋野隧道探検会③

このイベントには、近隣の山春・大石小学校の児童の皆さんが、 毎回参加しているということである。 三年おきに開催されているのは、児童が卒業までに一度は、 参加できるようにと、考えられての事であるらしい。 写真は、開会式の状況と隧道の入り口付近で…

袋野隧道探検会②

前回の三年前の企画の時には、約250名程の参加者があったという事であった。 今回は、NHKのT.V.で紹介されたり、新聞各紙・うきは広報誌でも紹介されたので、 前回を上回るであるだろうと、予想されていた。 写真は田栄神社と説明版である。

天領日田⑤(最終回)

写真は草野本家の忍び返しである。 裕福な商家では門や塀の上に設置して、不審者の侵入を防いでいた。 このような忍び返しは、久留米市草野町の“上野武則邸”でも見たことがる。 草野の上野家は、薬の卸売業を営んでいて、財をなした家である。

つづら棚田ウオーキングVol.2⑥(最終回)

帰りに問注所氏長岩城史跡案内所の、平川館長の元へ立ち寄ってみた。 今年もダイハツの三輪車を表に展示してあり、 又、参加者の休憩用に椅子も数脚だされていた。 立ち寄られる方の中には、問注所氏やうきはの郷土史に、 興味を示される方も多く、私が簡単…

つづら棚田ウオーキングVol.2⑤

今年の彼岸花の開花状況は、散り初めといったところであったが、 同時期であった昨年よりも、花は相当多く残っていた。 同時期であっても、年によって状況は相当違うわけである。 折り返し地点では、今年も抽選会が行なわれており、 私は、昨年の“棚田米1kg…

つづら棚田ウオーキングVol.2④

コースは殆ど昨年と同じであるが、 新しく出来た、森林セラピーコースなどが組み込まれていた。 そのコースは、木材のチップまで敷き詰めてあり、 とても歩き易い道となっていたが、少々手の加え過ぎという感じもした。 又、周辺には長岩城跡の木道コースや…

つづら棚田ウオーキングVol.2③

今年は昨年に比べて、スタート地点が大分麓側へ下った為、 スタート地点から棚田までの上り6km、 下り6kmの全工程12kmのやや健脚コースである。 途中、姫治小学校の運動会や、問注所氏の居城跡の長岩城、 その周辺の奇岩群を見学し、より高所の棚…

つづら棚田ウオーキングVol.2②

9月27日(日)昨年に引き続き、つづら棚田ウオーキングに参加してきた。 昨年は予想を上回る1000人以上の参加者があり、 このコースは好評であったようである。 昨年のスタート地点は、‘四季の舎ながいわ’であったが、 今年のスタート地点は‘かわせみ公…

天領日田④

日田の草野本家の先祖は、元々久留米市草野町出身であると思われている。 天正15年(1587)豊臣秀吉の使者、蜂須賀家政から草野家清は殺害され、 主な家臣もそれを追うように、自刃していった。 ここで、問注所氏の宿敵でもあった草野家は、滅亡するわけ…

天領日田③

江戸時代、日田は九州での政治・経済の中心地で、 江戸や大坂・長崎との交流も多かった。 日田の郡代は時々長崎へ、長崎奉行に会いにも行っていたらしい。 その際、筑後川を船で下り、途中久留米に立ち寄り、 有馬藩の接待を、受けていたということである。

天領日田②

江戸時代日田は掛け屋(米の代金の前払いで金を貸す所)や、 大名の御用達で富裕な商人が台頭していったと言う事である。 日田の掛け屋は、当初徳川幕府相手のみに貸していた為、 取っぱくれが少なく、財を蓄え、大商人が増えていったそうである。

天領日田①

先日、日田市豆田町へ行って来た。 日田は徳川幕府時代の天領地として、栄えた地であった事は知っていたが、 それ以前の豊臣秀吉の時代にも、蔵入地(直轄地)であり、 繁栄していたそうである。 順次紹介していく。 写真は豆田の町並みである。

安見ヶ城山③(最終回)

この地では、永禄十年(1567)九月三日、 大友方の大将・戸次鑑連(後の立花道雪)と、秋月種実との合戦が行われた。 種実は、戸次氏の本陣に急襲をかけ、戸次鑑連の弟や重臣達をことごとく戦死させた。 又、問注所氏の一族郎党からも、50余名の戦死者を出…

安見ヶ城山②

A.M.8:00 R386“普及センター前”信号を出発。 A.M.8:45 大平山山頂に到着。 A.M.9:00 大平山山頂を出発。 A.M.9:15 安見ヶ城山山頂に到着。 A.M.9:45 出発点へ到着。 夏場の登山である為、夏草やくもの巣に、 悩まされながら、突き進んでいった。 里山である…

安見ヶ城山①

昨日、朝倉市持丸・柿原にある、大平山・安見ヶ城山に行ってきた。 それぞれ、ピークは315M・300Mであり、尾根続きで気軽に登れる里山である。 大平山は今年の4月に、西鉄のレッツハイクで訪れた山である。 http://blogs.yahoo.co.jp/watamushi5/5241…

御花⑨(最終回)

御花を訪れた帰路に、セイロ蒸しを食べてきた。 R208“矢加部”の交差点より東へ100Mの所にある“日本料理 山田屋 http://www.ensen24.jp/unagi/unagi_03.htm”である。 セイロ蒸し・肝吸い・ポッキー(骨のカラアゲ)・漬物のセットコースを注文した。 うなぎ…

御花⑧

御花を訪れて残念だった事は、問注所氏に関しての、資料が展示されてなかった事である。 文禄四年(1595)大友家改易後、慶長三年(1598)十二月に、 問注所政連は所領を失って、長岩城を開城した。 関が原の合戦を経て、その後立花宗茂が改易となり、 …

御花⑦

浮羽町史によれば、豊臣秀吉の征韓の役の時、問注所統景は、手勢800余騎を率い、 毛利家の先隊に従い渡海し、明兵としばしば戦い武功をたてた。 文禄二年(1593)九月二日赤国牧司の城を攻めたが、 明の劉綖(りゅうえん)大軍をもって来援したので、毛利…

御花⑥

松涛園の横に、立花家伝来の大名道具の展示をした、 御花資料館がある。http://www.ohana.co.jp/kura.html そこには、藩祖立花宗茂、以来400年以上にわたって、 受け継がれてきた、収蔵品約3000点が継承されているそうだ。 今年1月には、福岡県立美術館の特…

御花⑤

写真は松涛園に面した、大広間廊下の鴨居に掛けられている、 「金箔押桃形兜(きんぱくおしももなりかぶと)」である。 桃の形をかたどった兜は、戦国時代に多く用いられた形であるが、 立花家では鉄に金箔をほどこし、239頭が今でも残っているという事であ…

御花④

立花宗茂は、文禄の役で朝鮮へ出兵、激戦のあった碧蹄館の戦いでは、 一番隊として明の大軍を破り、その名をとどろかせた。 秀吉没後の関が原の合戦では、秀吉の忠義のため、石田三成率いる西軍に属した。 写真は、樹齢600年といはれている松ノ木と、そて…

御花③

立花道雪と仁志との間には、一人娘の“誾千代(ぎんちよ)”がいた。 この“誾千代(ぎんちよ)”と四王寺山の岩屋城城主、高橋紹運(たかはしじょううん) の長男“千熊丸”〔後の総虎(むねとら)〕とは、後々夫婦となっていく。 後の、立花宗茂である。 写真は、柳川川…

御花②

問注所家と立花家の両家のつながりは、 1567年におきた、二度目の侍島の合戦 (http://blogs.yahoo.co.jp/watamushi5/41799120.html) で戦死した、鑑豊の娘“仁志”と、戸次鑑連(べっきあきつら 後の立花道雪) との再婚によって、より深い縁となっていった。…

御花①

柳川御花にいって来た。 立花藩(筑後十三万石)は問注所政連が、 改易の後、柳河藩士となって、 仕えたところである。 順次紹介する。

にしてつ レッツハイク

先日、西鉄主催の“レッツハイク 大平山コース”に参加してきた。 http://geocities.yahoo.co.jp/gl/watamushi5/ 参加者は約370名程で、参加費無料であった。 甘木公園を出発して約8km、3時間のコースであった。 大平山(315m)の隣にある、安見ヶ山(3…

流川の桜並木 2009

うきは市流川、巨勢川沿いに約二~三km続く桜並木。 以前は、櫨蝋を採る為に植えてあった櫨並木であったが、 櫨蝋は明治時代以後、西洋ロウソクに押され、需要が徐々に少なくなっていつた。 以後、伐採され桜が植えられたものが、今に続いているらしい。 こ…

さくらと陣跡ウォーク⑨(最終回)

雨模様の為、ゴールは道の駅桃山天下市から、唐津市役所鎮西支所に変更になった。 昼食は、サザエのつぼ焼き・つみれ鍋・おにぎりが振舞われ、非常に美味しいものであった。 又、抽選会では佐賀牛・ホテルの宿泊券・野菜セット等が続々と、当選していった。 …