筑紫野市岡田にある追分石

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 R386天山のバス停を甘木方面へ、100M行った所にある信号より、

岡田方面へ250M行った“よだれ地蔵”の脇にあります。

周辺をうろついていると、地元の方で郷土史会に所属しておられる方から、

声をかけられ、話を聞くことが出来ました。

その方は、数年前の区画整理事業にも関わられたという方で、

その時に、“よだれ地蔵”と“追分石”は現在の位置に移設されたと話してありました。

又、それ以前は4基あった“追分石”が、その時に,1基持ち去られて、

行方不明になっていたという事も伺いました。

そもそも、長崎街道から離れ、戸数も少ない岡田部落に、

なぜ追分石があるのかが、不思議なところであるしいです。

“追分石”自体は、“天山”など一部が判読できる程度で、

ほとんど摩滅して判読できません。

今あるものは、大典記念(1928)に岡田青年会が複製したものということです。