ハワイ

今、夫の友人がハワイ旅行を楽しんでいる。

ハワイでは火山が噴火して大変だそうだ。

ニュースで場所を確認していた私は、

「噴火してるところと日本人観光客がいる所は100キロ離れているってよ」

と心配する夫に言った。


でも、安心して観光できるかどうかは分からない。

無事に帰ってきてほしい。


日頃、忙しく仕事をし、休みをとって遠くへ旅行するエネルギー、すごいな。

すごいことではなく普通のことなもしれんけど、

やっぱり、自分にできないすごいことだと思う。


私の悪い癖で、自分と他人を比べてしまう。

徒歩圏内で活動する私は、江戸時代の村から出ない人みたい。

外国へ気軽に旅行する人は、現代人。


イメージの中で、私は藍染の和服を着た白髪交じりの髪を結った昔の初老の女性になった。

その初老の女性は、何をして楽しんでいるのだろうかと

思いを巡らす。

ただ縁側でボーっとしている。

で、「もうこんな時間」と驚いたように動きだした。

イワシの煮物を作りはじめた。


「なんだ、またイワシ?」

帰宅した家族は牛のステーキがいいと言う。

「ステーキ?何それ?」

「厚切りの肉を焼いたの」

「そう言われても、分からないよ。見たこともないから」

「ずっと家にいるから見たことないんだ。ちょっと出かけて見てみたらいいよ」



翌日、近所のステーキ屋に家族が連れて行ってくれると言うので、初老の女性は明日を心待ちにした。

しかし、朝を迎えると前日の会話を全部忘れてしまっている。

いつものように、縁側でのんびり過ごす。

そして、夕食にイワシの煮物を作り、

「またイワシ?」と嫌がられる。

そうやって100年過ごしてきたのだった。


初老に見えるが立派な100才のお婆さんだ。

記憶が1日でリセットされてしまうから、明日や数日後の予定も立たない。

娘がイワシの煮物を好んで食べたという記憶だけは、しっかりしている。

残念なことに、娘が年をとってお婆さんになっていることを理解していないようだ。


ある日、「またイワシ?」という会話の後で、家族が100才のお婆さんに鏡を見せた。

鏡に写っているのは、いつもの自分。

80近い娘や息子が、

「もう、このへんでよくないかい?」と言う。

若いままでいる代わりに記憶を捨ててしまったことを言っているらしいとお婆さんは悟った。

「私たち、近々ハワイに旅行するんよ。婆ちゃんも行く?」

「ハワイに連れて行ってくれるの?」

「そう。婆ちゃんが鬼か神様かと取り引きしたのを終わりにしてもらう必要があるんよ」

「そうだね。もうそろそろいいかもしれんね。ハワイに行きたいね」

そう言うと、初老の女性の姿はしゅるしゅると煙を上げて老婆の姿に変わった。

肉体が年をとっただけでなく、もう寿命も尽きて亡くなってしまった。

どっちにしろ、婆ちゃんはハワイに行けなかったね。

婆ちゃんが普通に年をとったのは、嬉しいような悲しいような。

家族のみんなは、婆ちゃんの葬式を終えてハワイへ旅立った。

・・・わたむし(妻)