伝聞の伝聞
メラミンスポンジを水で濡らし、
浴室のドアを磨いた。
白い水垢が擦られて米の研ぎ汁のように流れ落ちた。
10分ほどの作業で汗だくになった。
自分の体から汗の臭いが発せられて、
自分で自分の臭いを嗅ぐはめになった。
こんな風に汗を流して作業していると、
どうでも良いことが思い浮かぶようだ。
過去の古い記憶が甦り、頭の中で短いドラマのように流れて行った。
「草取りなら雇ってやってもいい」と言ってる人がいるとAさんがBさんに言い、
Bさんが私に、伝聞の伝聞として伝える。
私は、返す言葉が見つからなくて黙っている。
別の場面でBさんが私に言う。
「あんな人を雇うなんて見る目がないと言われた」
私は返す言葉がなくて黙っている。
Bさんは重ねて言う。
私がBさんに雇われてなければ、その人はBさんの顧客になってもいいと言ってる・・・と。
結局、私はBさんのところを辞めて、それらの声が届かないところで働いた。
そして、最初の「草取りなら雇ってやってもいい」という言葉が聞こえるような気がした。
私は、浴室のドアを磨きながら、
「草取りなら雇ってやってもいいだなんて、草取り作業する人を良く思ってないんだなあ。そんな雇い主のところで働いたら死んでしまうかもしれん。あんな人を雇うなんて・・と言うような人だから、怖いよね」
と頭の中で呟いた。
伝聞の伝聞、そのまた伝聞で悪口が伝わってくるのって怖いと思ったが、
なぜだろう、届いた言葉は覚えていても、それを言った人の顔も名前も思い出せない。
その人たちは、今、生きているのかなあ。
・・・わたむし(妻)