馬鹿馬鹿しいと言われるだろうが・・・

夫と私とでは、趣味や楽しみ方が大きく違う。あまり共通点がない。

夫は海や山に遊びに行くのが好きだが、私は海や山の自然から死のイメージが湧いて心底怖い。自然の恵みを自然の脅威が上回っている。川でも海でも、水かさが膝くらいあれば水死する恐れがある。滑って転んで慌てているうちに溺れてしまうことがあるという最悪の想定を職場で担当した子どもたちに話したことがある。

学校で働いていたのは8年ほどと短いが、その間に小中学生の水死は身近にあった。泳ぎが禁止されている川に頭から飛び込んで水底の泥に頭が埋まって亡くなった子、川水が流れるコンクリートのところで自転車に乗り、自転車ごと滑って川に流された子、川の深みにはまっておぼれた子など。どの子も遊泳禁止の場所で事故にあった。

浮羽では、水死が相次ぎ、川での水泳は禁止されている。それでも、美しく泳いでみたい誘惑に負けて、大人に内緒で子どもだけで川遊びをする子がいたわけで、私の子どもも友人たちと遊びに出かけていた。が、後で聞いた話で滝つぼにはまって死ぬ思いをしたから、もう川では泳ぎたくないとのことだった。

滝つぼにはまった時に、そこから出たくても体の自由がきかなくて水面に出られなかったから、もう死ぬかもしれないと思ったという。

この話を聞いたとき、私は子どものころに目の前で起きた水の事故を思い出した。水から引き揚げられた1才年下の男の子は無表情で唇は紫色になっていた。大人たちが名前を呼び、パチパチと頬を叩いて刺激したが無反応だった。もう既に死んでいたのかもしれない。

監視員のいる安全な遊び場で泳ぐのなら恐くはないのだけど、人のいない海で泳ぐのだと聞くと私は怖くてたまらない。

が、私の恐怖感は夫には関係ない。

問題は、夫が出かけて帰宅するまでの時間、私がどのようにして恐怖感に耐えるかだ。

これまで、落ち着かない気持ちで怖さを我慢して帰宅を待っていた。かなり辛い。辛さをこらえて頑張ったからといって、何の報酬もない。ただ疲れるだけだ。

海や山が怖くない人には、馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、私には切迫した困り事だ。


・・・わたむし(妻)